【2023年版】オーストラリアの政治制度
海外旅行の醍醐味のひとつに、その国のシステムを覗いてみて一時的にではありますが、実際にそれを体験してみること、とは思いませんか?
ここで言うシステムとは、文化、自然、風俗、地政など様々な骨子がありますが、人間が共同体として生活を営む上で最も重要なプラットフォームになるのが政治であり、それを取り仕切るのが政治制度です。
オーストラリアの根底にはフェア精神があり、全てが平等であるべきだと唱えるオーストラリア人が多いのに、実はオーストラリアは立憲君主制であったりします。多くの日本人の方が抱く一般的なオーストラリア像からすると、これは意外なことではないでしょうか。
なかなか日本の義務教育で取り扱われることのないオーストラリアの政治制度について、オーストラリア在住14年の現地スタッフがレポート致します!
連邦の仕組みについて
オーストラリアの政治制度の基盤となる連邦制の仕組みについて、先ずは整理してみたいと思います。
オーストラリア連邦が誕生したのは1901年1月1日でした。
それまでは、オーストラリアはイギリスの植民地で、大陸は6つのコロニーに分けられ、それぞれが自治政府を持ち、独自の方法でそれぞれの領土が統治されていました。しかし、大陸内での他の植民地との貿易が始まると、関税の問題が顕著になり、19世紀後半になると連邦化が叫ばれるようになりました。ただし、各州それぞれが植民地政府として有していた権限を出来る限り維持することが望まれました。
以来、オーストラリアはイギリス女王を国家元首とする立憲君主制の独立国家となり、その下に連邦と州が対等な関係を維持しつつ、三権分立を実現しています。ここで興味深いのが、エリザベス女王を国家元首としているものの、称号はオーストラリア国王と規定していることです。そして、国家元首の下に、元首の代役として総督(Governor-general)を置き、実際にオーストラリアを代表して、首相の任命や法律の承認、議会の解散などを行なっています。ただし、これらの広範の権限を基にした国事行為は、慣行として閣僚の助言に基づいて行われています。
オーストラリアの憲法は成文憲法となっています。独立国家形成にあたり、アメリカとイギリスを手本としましたが、国の根幹である憲法の制定に際し、アメリカ式の成文憲法を採用したところに、オーストラリアの多様性を感じずにはいられません(イギリスの憲法は非成文です)。
オーストラリアの憲法は、外交、貿易、国防、移民、通貨、租税などを列挙し、連邦政府の責任を規定しています。連邦政府の下に、州、準州、首都特別区が置かれ、それぞれの政府は、連邦政府の管轄以外の全ての事柄に責任を負っています。そして、州、準州、首都特別区の下に、地方自治体を配置した三層構造になっています。連邦政府と州政府の関係はより対等な関係にあり、日本の都道府県と国の関係のような中央集権とは一線を画しています。
オーストラリアが立憲君主制である理由
共和制か立憲君主制かは永遠のテーマです。
アメリカが独立した当時、立憲君主制は前近代的な異物であるとされましたが、日本やイギリスのように社会体制が民主化している限り、立憲君主制は見直され始めました。アメリカ人の中にも立憲君主制が好きでイギリスに帰化する人が多くいると言われています。
オーストラリアの場合、自分の国に居住していない君主に忠誠の誓いを立てるのには、少々の咀嚼を覚える人もいると聞きます。ただ、労働党と自由党の二大政党により国論が二分され(後述)、保革の政権が目まぐるしく交代する一方で、普遍的な王室が君臨し、国の分断を和らげてくれるという効果を享受していることも、彼らに言わせると実感としてあるそうです。
歴史的に見ると、1970年代以降に中東や中南米、アジア各地からの移民や難民が激増すると、イギリス王室への親近感が薄れてきました。政治家たちはこの頃になると、共和制への移行を無視できなくなってきました。1993年に行われたオーストラリア選挙調査によると、自由党系の候補者の34.5%が共和派を訴え、支持者の38%も共和派と答えました。
そこで、1995年に労働党政権のポール・キディング首相が21世紀を持ってオーストラリア連邦は共和制に移行することを宣言しました。その後、紆余曲折はあったものの、1999年11月6日の国民投票で、共和制移行反対という結果が出たのは日本でも大々的に報道された通りで、記憶に新しいところです。具体的には、共和制移行賛成45.16%、反対54.84%でした。
しかしながら、共和派の機運はこの国のどこにでも群がっており、1999年の国民投票のときに出された草案では間接選挙型大統領制を採用していたものを、直接選挙型に変えて民意が問われる日が来るであろうと言われています。
ちなみに、余談ですが、オーストラリア憲法の改正は、下院上院の両議会で承認された改正案が、国民投票で承認された場合にのみ成立することになっています。ただし、投票権を有した全国民の過半数の賛成と同時に、過半数の州での過半数の賛成を得なければならない二重の賛成過半数の制度に縛られています。この二重の賛成過半数の規定が憲法改正を著しく困難にしており、憲政以来、提案された憲法改正案44件のうち、実際に承認されたのは8件だけです。これは、先進国の中では極めて少ない数です。日本の「衆参議院ともに憲法改正案が3分の2以上の賛成で可決され、国民投票で過半数以上の賛成を得なければ憲法改正に至らない」という規定よりは緩そうですが、それでも次から次へと憲法が改正されるドイツやフランスなどと比較すると、極めて厳しい規定となっています。
連邦議会と主要政党
連邦議会
オーストラリアの政治制度は、国民が投票で選出した議員で構成される下院(House of Representatives)と上院(Senate)からなる二院制の国会を基にしています。下院選挙は国民全体の代表の概念から、一票の比重が等しくなるように選挙区が割り当てられ、1選挙区から1議席を選び出す小選挙区制が採用されており、議員の任期は3年となっています。上院選挙は各州の代表の概念より、一票の重みを無視して各州を1選挙区とした大選挙区比例代表制を採用し、任期は6年で、通常3年ごとに半数を選出しています。
行政は両院の議員から任命された閣僚が担当し、閣議で政策の決定を行います。閣僚は、内閣連帯の原則(全閣僚が閣議の決定に連帯責任を持つCabinet Solidarity)に拘束されています。これは、イギリスの責任内閣制度と全く同じ原則となっています。
前項でも触れた通り、オーストラリア連邦形成の礎には、各州(植民地)の権限は可能な限り移譲されることが想起されていたので、上院の第一次的な役割として期待されたのは、州権の擁護でした。しかしながら、今日では、州権擁護の機能は形骸化し、下院および連邦政府に対する監査機能が上院の主な役割となっています。
2023年現在の議席は以下の通りです。
下院: 定数151 [労働党77、自由党*43、国民党*15、緑の党4、・・・]
上院: 定数76 [労働党26、自由党*15、緑の党12、自由党・国民党*11、・・・]
*保守連合
オーストラリアの国会議事堂は、首都特別区(ACT=Australian Captial Territory)キャンベラにあります。
どうしてもオーストラリアというと経済の中心地シドニーが頭に浮かびますが、オーストラリアの首都はキャンベラで、ここに連邦政府の機能が集中しています。
現在の国会議事堂は1988年に竣工し、内部には4,500の部屋があります。廊下の長さはトータル25kmにも及ぶことが有名です。敷地内の庭園には内陸の砂漠をイメージしたアボリジナルアートが施されて、議事堂の屋上には13m x 6.5mのナショナルフラッグが旗めいています。
二大政党
オーストラリアには主要政党は2つあります。
オーストラリア労働党(The Australian Labor Party)は、オーストラリアの労働運動によって結成された社会民主主義の政党です。1891年に労働者階級と労働組合運動の利益を議会において代表することを目的に結党された、オーストラリアで最も長い歴史を持つ政党です。基本的には労働者階級を支持基盤としていますが、知識層や移民からの支持も高まっています。
自由党(The Liberal Party of Australia)は、中道右派の政党です。起源は1909年の保護貿易派と自由貿易派の合同に遡りますが、現在の自由党は1944年にに結党されたものです。自由市場経済に重きを置き、中産階級や中小企業を主な支持基盤とした保守政党です。
その他に、勢力を強めているのが国民党とグリーンズです。
国民党(The Nationals)は、1910年代後半に結党され、1970年代までは地方党(The Country Party)と名乗っており、オーストラリアの農村部に基盤を置く政党で、自由党と肩を並べる存在でした。1980年代以降は人口分布の変化に伴い支持基盤が縮小し、また、自由党との政策の同一化などにより、勢いを落としています。
グリーンズ(Australian Greens)は、保守連合、労働党に次ぐ第三極です。環境問題に関心が高く、1992年にニューサウスウェールズ州、クイーンズランド州、タスマニア州の党代表が全国組織とすることで成立しました。民主主義、経済、国際問題、サービスなどの各分野で明確な政策を打ち出しています。
選挙制度について
オーストラリアの植民地では、限定選挙権や同一の有権者が複数の選挙区で財産をそれぞれ所有していれば、それぞれの選挙区で投票が出来る多重投票権の制度が採用されていました。これは、当時のイギリス本国の伝統が継承されていた表れです。
しかし、贈収賄などの不正が次から次へと発覚し、オーストラリア連邦では選挙制度の改革が一早く叫ばれるようになりました。
現在、オーストラリア連邦と州議会の選挙では、全てのオーストラリア国民に投票が義務付けられています(Compulsory Voting)。
投票を怠ると罰金が科されます。
1924年に義務投票制度が導入されて以来、オーストラリアでの選挙の投票率は常に90%を超えています。
また、世界で有名になった「Australian ballot」と呼ばれる無記名投票方式を最初に導入したのが1855年のビクトリア州でした。一方、南オーストラリア州では1856年から全ての成年男子に選挙権を与え、1892年には成年女子にも選挙権を与え、世界に先駆けて普通選挙を導入しました。日本では、1925年に25歳以上の全ての男子に、1945年に20歳以上の全ての男女に選挙権が与えられて普通選挙が実現したことと比較すると、如何に早期にオーストラリアでは普通選挙が実現されたかが解ります。
連邦政府にフォーカスすると、女性の参政権についても、1893年にニュージーランドが世界初として、1902年に続いてオーストラリア連邦で認められました。これは、大陸の開拓という男性的な仕事ではアルコールが男らしさを強調したのと、力仕事の疲れにもアルコールが欠かせなかったため、男性のアルコール依存が高まり、女性たちが夫や息子たちをその悪弊から守るため、禁酒運動を展開したのが女性参政権運動へと繋がっていったことにもよります。アメリカ合衆国にも禁酒法の時代があったのは、まさに同じ理由です。
政治家サイドも圧倒的な人口の少なさから、早期に女性の投票権を認めざるを得なかったという都合があります。成人男性の票だけではパイの数があまりにも少なく、選挙戦略も手詰まりになるので、女性票の追加を歓迎しました。
日本では足尾銅山鉱毒事件で田中正造が明治天皇に直訴した頃、早稲田大学が1902年に開校したという時間軸を鑑みると、日本人としてはオーストラリア連邦の近代性を相対的に窺い知ることが出来ます。
プリファレンシャル・ボーティング・システム(Preferencial Voting System)
オーストラリアの主な選挙方法は、プリファレンシャル・ボーティング・システム(順位指定連記投票制)を採用しています。投票者は全ての候補者の氏名に優先順位をつけて投票します。そして、優先順位1位の候補者が投票総数の過半数を獲得しなければ当選しないというシステムです。絶対過半数に達さなかった場合は、優先順位1位の票の一番少ない候補者が除かれ、その候補者の優先順位2位の票数が1位と見なされて残りの候補者たちに追加されます。この作業を、絶対過半数を超える候補者が出るまで繰り返すことになります。
メリットとしては、投票者の選択が幅広くなること、少数派の候補を支持する投票者も自分の票が無駄になるという先入観を拭える、候補者は投票総数の絶対数を獲得することが条件となることから、間接民主主義である代議制を可能な限り直接民主主義に近づけることが出来ます。
しかしながら、当然開票には非常に時間が掛かるというデメリットもあります。
行政組織について
2023年1月現在の首相は、労働党の党首であるアンソニー・アルバニージーです。
アルバニージー政権下での行政の組織について、下記にてまとめてみます。
連邦各省について
オーストラリアの政治制度について考察するとき、最も日本との違いを認識するのが、連邦各省の配置規定についてです。
日本の場合は法律に基づいて各省庁が設置されていますが、オーストラリアの場合は憲法上行政権は連邦総督に属しており、連邦総督が連邦各省を設置して、各大臣がそれらを統括することとされているので、すなわち、連邦各省は法律に基づいて設置されているわけではない、ということになります。
従って、政権発足時に各省の統廃合や名称変更が起こるのは日常茶飯事になっています。
現在の政権下では、以下の通り、各省が設置されています。
Department of the Prime Minister and Cabinet | 首相・内閣関連 |
Attorney-General's Department | 司法関連 |
Department of Agriculture, Water and the Environment | 農業・水資源・環境関連 |
Department of Infrastructure, Transport, Regional Development and Communications | インフラ・交通・地域開発・通信関連 |
Department of Climate Change | 気候変動関連 |
Department of Defense | 防衛 |
Department of Education, Skills and Employment | 教育・技術・雇用関連 |
Department of Finance and Deregulation | 財政・規制緩和 |
Department of Foreign Affairs and Trade | 外務・貿易 |
Department of Health and Ageing | 健康・高齢化関連 |
Department of Human Services | 福祉 |
Department of Immigration and Citizenship | 移民・市民権 |
Department of Industry, Science, Energy and Resources | 産業・科学・エネルギー資源関連 |
Department of Treasury | 財務 |
Department of Veterans's Affairs | 退役軍人 |
連邦政府と州政府の関係
上述の通り、国家元首はイギリス女王ですが、その名代となる総督は連邦だけではなく各州にも置かれており、各州の総督の任命については連邦総督や連邦政府の関与は認められていません。オーストラリアの憲法では、限定的な外交、国防、移民、通貨、租税などの40項目の権限以外は、各州政府に委ねられています。つまり、連邦政府と州政府との関係は対等な関係であると認識されています。
各州の州議会について
州政府の責任の範囲は教育、運輸、保健衛生など多岐にわたり連邦憲法に規定されており、州法の規定が連邦法と一致しない場合は、連邦法に優位性があることとされています。また、財源についても各州政府は独自に税金を州民に課すことが認められており、公共サービスの提供に資されています。
ニューサウスウェールズ州は二院制議会で、上院の定数は42で任期は8年、下院は93で4年です。ビクトリア州は二院制議会で、上院の定数は40、下院の定数は88、任期は上院下院ともに4年です。クイーンズランド州は一院制議会で、定数は89で任期は3年(次期選挙から4年)です。サウスオーストラリア州はは二院制議会で、上院の定数は22で任期は8年、下院は47で4年です。ウェスタンオーストラリア州はは二院制議会で、上院の定数は36で任期は4年、下院は59で4年です。タスマニア州はは二院制議会で、上院の定数は15で任期は6年、下院は25で4年です。北部準州は一院制議会で、定数は25で任期は4年です。首都特別区は一院制議会で、首都特別地域立法議会(ACT Legislative Assembly)と呼ばれており、定数は25で任期は4年となっています。
日本人ツーリストの方が実感する連邦制
日本人ツーリストの方がオーストラリア連邦を訪れた時、日本にはないシステムとしての連邦制というものをまざまざと実感されるのは、おそらく道路交通法ではないかと思います。
道路交通法は各州の管轄するところであり、州によってその内容は異なっています。
シドニーのあるニューサウスウェールズ州では制限速度の最高速度は110km/hであるのに対し、ノーザンテリトリー準州に入ると130km/hの標識が出てきて、最終的には無制限という標識が出て来るわけです。
日本で言えば、関東地方では制限速度が100km/hなのに、北陸信越地方に入った瞬間に120km/hになるような感覚です。
海外旅行で垣間見る面白さは、こういうところにあるという好例ではないでしょうか。
主な参考文献
- Australian Politics in the Twenty-First Century: Old Institutions, New Challenges,Cambridge University Press (December 1, 2018)
- Willam.O.Coleman "Only in Australia: The History, Politics, and Economics of Australian Exceptionalism" OUP Oxford; 1st edition (June 16, 2016)
- Bligh Grant and Joseph Drew "Local Government in Australia" Springer; 1st ed. 2017 edition (March 6, 2017)
- 日本貿易振興機構 Jetro
- Pariament of Australia公式サイト
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